代表者インタビュー/企業情報

派遣会社から福祉・電気工事へ。下條代表が進める多角化経営の歩み

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派遣会社から福祉・電気工事へ。下條代表が進める多角化経営の歩み
一宮市 住宅・設備

通信業界の人材派遣から事業をスタートし、現在は放課後等デイサービス、電気工事、軽貨物など、複数の事業を手がける下條代表。順調に事業を拡大する中、コロナ禍による事業環境の変化をきっかけに、一つの事業にとどまらず、新たな分野にも挑戦してきました。今回のインタビューでは、会社設立から現在に至るまでの経緯や、未経験の分野へ事業を広げてきた理由、組織づくりに対する考えについて伺いました。

明確な計画がないまま始まった会社経営

―現在複数の事業を手がけていらっしゃいますが、会社を立ち上げるまでの経緯を教えてください。
30歳で法人を設立しましたが、最初から明確な理念や大きな目標があったわけではありません。会社を立ち上げる前の約2年間は、派遣会社でエリアマネージャーとして働きながら、個人事業主として業務委託の人材管理も行っていました。現在の会社の前身となる合同会社は、当時一緒に働いていた仲間と10万円ずつ資本金を出し合い、仲間が住んでいたマンションの一室を登記して始めたものです。
―会社員、個人事業主、経営者を同時に続けていたのですね。
同じ業界で独立したため、取引先や現場の仕組みは理解していました。通信業界の販売現場では、複数の会社からスタッフが集まります。毎日顔を合わせる中で給与や働き方の話が広がり、周囲から「一緒に働きたい」と来てくれる人が増えていきました。初年度から順調に売り上げができ、2年目には倍に、その後も事業は順調に売上が伸びていきました。共同経営者が労務や財務を担当し、私は新規取引先の開拓や人材の確保を担う分業体制でしたが、2期を終えた頃に会社員と個人事業を辞め、会社経営に一本化しました。

さまざまな問題に直面したコロナ禍の試練

順調に売上が伸びていったおかげで借入もなく、会社には潤沢なの資金があり、当時は経営がうまくいっていると感じていました。ただ、コロナ禍に入ると通信業界の仕事や人材が少しずつ減り始めたんです。働くスタッフが業界を離れたり、別の仕事を始めたりする中で、それまでと同じように人を増やすことが難しくなっていったんです。

―順調だった状況から、環境が大きく変わったのですね。
その頃、余剰資金を運用しようと考え、大きな金額を投資に回しました。資金をそのまま置いておくのではなく、新たな収益につなげたいという考えでしたが、結果として短期間で大きな損失が出ました。売上も落ちていた時期だったので、会社として次の手を考えなければいけない状況になり、一つの事業だけに頼り続けるのは難しいと感じました。そこで、以前から話を聞いていた福祉事業を含め、会社の新しい柱をつくることを本格的に考え始めました。

未経験から始めた放課後等デイサービス

―新しい柱として、なぜ福祉事業を選んだのでしょうか。
以前から知人の経営者に福祉事業の話を聞く機会があり、派遣事業とは別の事業をつくる必要性を感じていたことがきっかけです。準備を始めてからは、物件や人材を探し、申請を進め、翌年4月に放課後等デイサービスを開所しました。ただ、私は福祉の制度も現場のこともほとんど分からない状態からのスタートでした。

―未経験の分野だけに、立ち上げ後も苦労が多かったのですね。
福祉の制度も、現場で働く職員の考え方も分からず、話を聞いても内容を理解できない状態でした。採用しても退職が続き、そのたびに採用費がかかりました。職員間の問題にも十分対応できず、初年度は大きな赤字となり、辞めようと思ったことも何度もあります。それでも現場へ足を運び、地域の状況や運営の仕組みを少しずつ学びました。その中で、職員から「自分が管理者を務めるので、もう1店舗出してほしい」と提案を受け、2店舗目を開設しました。人員体制を見直したことで、2施設目は早い段階で黒字化し、1施設目も利益が出る状態になりました。現在は3施設まで広がり、4施設目も新規オープンを予定しています。

人脈と経験を生かして広がった新たな事業

―そしてまたあらたな分野に進まれたのですよね?
福祉事業と並行して始めたのが電気工事です。きっかけは、20年来の友人である現在の常務でした。彼は電気工事士として約20年の経験があり、個人事業主として現場に立ち続けていました。会社として取り組めば、より大きな仕事を受けられ、本人も将来を見据えた働き方ができると考え、「一緒に会社でやろう」と声をかけました。

―専門技術を持つ人と、下條代表の営業力を組み合わせたのですね。
現場全体の管理や工事の段取りは常務が担い、私は新しい取引先を開拓しました。常務は職人として長く働いてきたため営業を得意としておらず、そこを私が補う形です。既存のつながりから紹介を受ける機会も増え、現在では2,000万から3,000万円規模の工事を請け負うこともあります。建設業の許可や電気工事に必要な登録も整え、事業として継続できる体制をつくってきました。また、通信業界では新人の確保が難しくなっていたため、営業職以外の事業も探し、軽貨物事業を開始しました。別法人を活用して車両を用意し、少人数から少しずつ人を増やしています。会社として一つの業界だけに頼らない形を目指しています。

人に任せられる仕組みをつくる

今後の目標についても教えてください。今後の目標についても教えてください。―さまざまな事業を進める中で、仕事をする上で大切にしていることは何でしょうか。
根本にあるのは、「自分が幸せでなければ、他人を幸せにはできない」という考えです。職員にも、やりたいことを実現するには数字が必要だと伝えています。賞与を増やしたい、新しい取り組みをしたいと思っても、会社に利益がなければ実現できません。各施設の売上を共有し、数字を上げるために何ができるのかを職員自身にも考えてもらっています。ただ、売上だけで判断しているわけではありません。子どもたちへの支援に向き合う姿勢や学ぶ姿勢、職員同士のチームワーク、人間関係など、数字には表れない部分も見ています。私自身は現場に入って仕事をするのではなく、現場を任せられる人を見つけ、全体が動く仕組みをつくることが自分の役割だと考えています。採用面接も自分で行い、人との相性を見ながら体制を整えています。

―今後の目標についても教えてください。
福祉事業では、放課後等デイサービスを直営で20施設まで広げることが目標です。電気工事や軽貨物も含め、それぞれの地域や仕事の中で必要とされる事業に育てていきたいと考えています。

通信業界の人材派遣から始まり、未経験だった福祉、さらに電気工事や軽貨物へと事業を広げてきた下條代表。自分ですべての現場を担うのではなく、それぞれの分野で力を発揮できる人に任せ、自らは新しい仕事や仕組みをつくっていく。その姿は、分野を限定せず幅広い仕事をこなす“ジェネラリスト”ともいえます。放課後等デイサービスの新規開設も控える中、次はどんな展開を見せてくれるのか。下條代表のこれからが、ますます楽しみです。
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株式会社sharing group
代表取締役社長 下條 慶彦
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代表者情報

株式会社sharing group
代表取締役社長 下條 慶彦
30歳で現在の会社の前身となる合同会社を設立し、通信業界の人材派遣を中心に事業を拡大。コロナ禍をきっかけに事業のあり方を見直し、新たな柱として放課後等デイサービスを開設する。現在は福祉、電気工事、軽貨物など複数の事業を展開。福祉事業では施設数を増やし、4施設目の新規オープンも予定している。
30歳で現在の会社の前身となる合同会社を設立し、通信業界の人材派遣を中心に事業を拡大。コロナ禍をきっかけに事業のあり方を見直し、新たな柱として放課後等デイサービスを開設する。現在は福祉、電気工事、軽貨物など複数の事業を展開。福祉事業では施設数を増やし、4施設目の新規オープンも予定している。

詳細情報

企業名 株式会社sharing group
会社名ヨミガナ カブシキガイシャシェアリンググループ
代表者名 下條慶彦
住所 〒494-0001 愛知県 一宮市開明字杁東郭4番地16
電話番号
資本金 500万円
従業員数 17人
創業年月日 平成28年9月6日
設立年月日 令和5年6月1日